『あなた、そこばっかりいじってるけど何やってんのよ!』
若い頃、担当したお客様に僕が言われた痛烈なメッセージです。
今思えばベースカットもクソもないスカスカヘアの全盛期。
スタイリストになりたてだった若かりし頃の僕は、特に困る事もなくスカスカヘアを量産していた。
重いスタイルなんかダサイダサイ!
流行りの軽やかでイケてるヘアを作るのなんか簡単だと思っていた。
梳いて梳いて梳きまくりの、完全なる勘違い美容師だ…。
その日、そんな勘違い美容師は、少し怖そうな雰囲気の年配女性の担当になった。
ヘアスタイルは、その女性の雰囲気にバッチリハマるパシッとしたボブだ。
きっとこれが、このお客様の定番スタイルな事は、勘違い美容師の浅いキャリアでも想像に容易かった。
スカスカヘア専門の勘違い美容師は、基本技術の問われるベーシックなボブスタイルはあまり好きではなかった。
要は、苦手なのだ。
そのお客様はのオーダーは
『伸びた分切ってくれればいいから』と『私スカスカは嫌いだから梳かないでカットして!』
だいたいそんな感じだったと思う。
そのオーダーは、勘違い美容師の嫌な予想通りだった。
梳かないボブ
ごまかしは効かない。
一瞬にして嫌な汗が出てきた。
でもやるしかないのだ。
カット中
『あなた若いけど何年やってんの?』などと不安そうに色々聞かれた様な記憶がある。
しどろもどろになりながら何を答えたかは記憶にない。
切る事に必死なのだ。
いや
厳密には、自分がハサミを入れてからというもの、どうにも収まらなくなった右の後ろを収めようと必死なのだ。
ある程度頑張ってはみたものの、一向に収まってくれようとしない髪の毛が嫌になり、ブローで誤魔化してみることにした。
しかしどんなにブローしてみても、やはり右の後ろの毛先は、勘違い美容師の行って欲しくない方へ行く…。
よく『美容師はブロー技術で髪型を収めてる』と思ってる人がいますが、それはありません。
カットがダメなら、ブローをどんなに頑張っても髪型は収まりません!(経験者は語るです。)
そんな右の後ろの髪の毛に、必死になって無駄な抵抗(ブロー)をしていると、冒頭の言葉と同時に手に持っていたブラシとドライヤーはお客様に取り上げられました。
自分にできる抵抗の限界に気づき始めていた勘違い美容師は、もはや立って見ていることしかできませんでした。
そして
自分でやってみても収まらないボブを見て、お客様は『もういいっ!』と自分でカットクロスを外して立ち上がり、フロントへスタスタと歩いて行ってしまいました。
無我夢中でお荷物と上着を渡すと、料金を支払ってくれようとするお客様。
当然、そんな技術を提供して料金を頂けるはずもなく…
勘違い美容師は、ひたすら謝って、謝って『ありがとうございました!』でなく『申し訳ございませんでした!』という言葉でお客様をお見送りしたのでした。
これは、僕の約20年の美容師人生の中でも、最も凹み、最もインパクトのある出来事でした。
このお客様にはその後お会いする事も出来ませんでしたが、本当にご迷惑をおかけして申し訳なかったと思っています。
そして本気で叱って頂いたことに感謝しています。(そりゃ怒るよなぁ)
その日から、髪型の土台となるベースカットの大切さをしみじみ痛感した勘違い美容師は、基本のベーシックカットをひたすら練習しました。
特にボブに関しては、言わずもがな必死に練習しました(笑)
本当はこんな経験しなくても、わかってなくてはいけないんですけどね。
ベースカットは大切です。
基礎や全体の骨組みとなる柱が、しっかりしていなければ家は建ちません。
勘違い美容師は、家っぽい何かを量産してたんですね(笑)
今は、お客様の髪の毛をカットをさせていただく時に最も大事にしているのがベースカットです。
軽くする際もベースカットを壊さないように梳いていきます。
人間変われば変わるものです(笑)
あの時から約20年経った今。
勘違い美容師は、あの時のお客様が納得するようなボブが切れるのでしょうか?
それはわかりません。
ただ、自分のお客様のカルテの写真を見るとボブの写真がズラリ。
少なくとも
今、あの時の勘違い美容師はボブのカットが大好きで、得意なヘアスタイルになりました。
あの時があったから、今がある!
ありがとうございました!